香りを売るということは、目に見えないものを届けるということ。ただ商品を並べるだけではなく、お客様が香りを選ぶ時間そのものが特別な体験になるような空間づくりが求められます。
香りが主役になる空間
香水は繊細な存在です。美しいボトルが並ぶディスプレイも、派手すぎれば香りの印象を損ねてしまう。そこで大切になるのが「余白」。インテリアが語りすぎないことで、香りが際立つ空間が生まれます。
私が手がける店舗では、シンプルで洗練されたデザインを意識しています。余計な装飾を抑え、香りそのものが主役になるように。静かなギャラリーのような空間に、そっとボトルが佇む。その場に流れるのは、過剰な演出ではなく、香りが持つ本来の空気感です。
香水の店をつくるとき、私は「お客様の五感」を想像します。視覚、触覚、そして嗅覚。たとえば、照明は柔らかく、落ち着いた光が香水のボトルを静かに照らす。ディスプレイの高さは、お客様が自然に香りを手に取れるよう計算する。そして、店内に流れる音も重要な要素です。香りは気分に影響を与えるものだから、過度に賑やかな音楽よりも、落ち着いたジャズや、さりげなく溶け込む自然音が似合います。音と香りが調和することで、空間に統一感が生まれるのです。
香りを「選ぶ」時間のデザイン
香水選びは、ただの買い物ではなく、一つの体験です。そのため、お客様が心地よく香りと向き合える環境を整えることが大切になります。
ひとつの香りを試したあと、その余韻を味わうための「間(ま)」が必要です。すぐに次の香りを嗅ぐのではなく、店内を歩いたり、別のスペースで一息ついたりする。香りは時間とともに変化するもの。その移ろいを楽しめる空間があれば、香水の魅力をより深く感じてもらえます。
理想の香水店とは、お客様が「香りに出会う場」でありながら、「自分自身と向き合う場」でもある。香りは、その人の記憶や感情に寄り添うものだからこそ、ゆっくりとその世界に浸る時間が必要なのです。
インテリアは「香りの物語」を語るもの
香りには、それぞれ物語があります。そして、インテリアもまた、その物語を表現する役割を持っています。
たとえば、「夏の海辺」をイメージした香水なら、ほんの少しの青やガラスの透明感を取り入れる。「古い図書館のような落ち着き」を持つ香りなら、ウッドの温もりを感じるディスプレイが似合う。そうすることで、お客様は視覚的にも香りの世界へと誘われます。
香りをただ売るのではなく、香りを「感じる空間」として演出すること。それが、私のインテリアデザインの基本です。
香水の店は「香りのアートギャラリー」
香りは、目に見えない芸術。だからこそ、香水の店舗は単なる「商品を売る場所」ではなく、香りをアートのように楽しむ場所であるべきだと考えています。
お客様が香りを手に取るたび、何かを感じ、何かを思い出し、何かに出会う。そんな体験が生まれる場所を、これからもつくっていきたい。
香りは、その人の人生をそっと彩るもの。だからこそ、香りを選ぶ時間もまた、美しくあってほしいと願っています。
1995 . 5. 20 生まれ
環境デザイン学科プロダクトデザインコースを卒業後、
人材系WEBメディアに就職。
その後、香りのWEBメディアSCENTPEDIAのライターとして活動。
2020年秋、フレグランスブランド「eagg」を始動。